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西国街道~正条宿・鵤宿へ行ってきました

猛暑!のなか、西国街道を歩いてきました。古くは都と九州の太宰府を結んだ主要街道である山陽道。江戸時代には西国街道などとも呼ばれ、中国地方諸藩の大名などが参勤交代路として利用していました。

暑いので歩く距離を短くと思い、JR山陽線の竜野駅から東へ戻るコースで歩きはじめました。JR山陽線の竜野駅。姫路から中国山地の方へと入っていくJR姫新線にも「本竜野駅」があります。姫新線の方が「本」が付くので、真の竜野だと思いますが、山陽線の竜野駅前は閑散としており、現在のひらかなの「たつの市」になる合併前は揖保川町にあったということです。

駅前が西国街道で、少し進むと正条宿の本陣跡。立派な「明治天皇正條宿行在所」の石碑が建っていました。また、隣の郵便局の隅に明治15年に建てられた姫路・神戸と竜野・山崎の分岐を示す道標があります。この正条宿は、揖保川のすぐ右岸にあり、この川に沿って瀬戸内海に下ると室津湊があり、そこへ至る室津街道との分岐点としてにぎわっていたようです。

正条宿本陣跡正条宿本陣跡 正条宿本陣あと

正条宿をあとに揖保川を渡り、ひたすら西国街道を東へ進みます。東海道や中山道のように沿道には特に見るべきものもなく、只々暑さに耐えて歩くのみ。小さな祠があって木陰を求めて休憩をすると蚊に刺されるし…。思わずテレビのCMではないですが「蚊に刺される?蚊に噛まれる?」が話題になりました。

さらに進んで、今度は林田川を渡ると兵庫県太子町。鵤宿に入ります。道幅は江戸時代のままだと思いますが、まちなみはだいぶん変わってしまっています。

少し街道から外れて、聖徳太子ゆかりの斑鳩寺へ。何十年か前の学生時代に法隆寺領鵤荘の勉強?をしたのを思い出し、荘園の四至を示す「牓示石」も残っていて、長い歴史を想起することができました。でも、「暑い!」という印象の方が強く、帰路のJR姫路駅までのバスに乗ると冷房が効いていて、現在の旅のありがたさを思い知ることになりました。

斑鳩寺斑鳩寺 斑鳩寺

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